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職員の声
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20グラム2010/12/14
今月に入り、10代の患者さんが立て続けに入院してきました、
私もひとり受け持ちをしています。
もともと物静かな患者さんでしたが、ご飯時になると何だか元気がないような・・・
食欲がないのかなと思いのぞいてみると、きれいに完食。理由を聞いてみると「ご飯が少ないから」
ほっとするのと同時に、何だか微笑ましい気持ちに。
先生・栄養士さんとも相談して、ご飯を20グラム増やしてもらいました。
早速報告すると、一瞬「それだけ?」という顔もしましたが、嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれました。
手のひらを上に向け、一生懸命20グラムを想像しているだろう後姿が、とても印象的でした。
少しでも力になれるよう、私も頑張ります!!
癒されます2010/10/11
通勤途中、体操服姿の子供たちをたくさん見かけました。
そういえば、今日は体育の日なんですよね☆運動会でしょうか?
赤白帽姿の可愛い姿にとっても癒されました。
まだまだ活躍してもらいます★2010/08/30
毎日、本当に暑いです。夏服には、まだまだ活躍してもらいます★
それにしても、もうすぐ9月だというのに。。。
秋はやってくるのでしょうか。心配なおちよです。
プチショック2010/08/06
病院は今、職員の健康診断をしています。
私も新人さんに視力検査をしてもらったのですが、視力が少し落ちてしまったようです。ぐすん。
カルテ書きのときなど、「ちかいよ!」と驚かれることもあるのですが、
集中していると、どんどん近づいてしまうんです。やっぱり目には良くないですよね。気を付けます。
写真用に顔はあげました。ずるっこです。
かわいい、かわいい、2010/05/19
かわいい、かわいい、同期のラブさんです。
照れ屋さんです。そこが、またかわいいところです。
誉めると、顔が赤くなります。
そういうときは、さらに「かわいい」と言ってやります。ますます赤くなります。
あぁ、かわいい。
ついついイジメたくなるラブさんですが
4月には一緒にプリセプターデビューもした頼もしい同期です。
これからも、よろしくお願いします☆
先輩の貫録2010/03/06
入職して3年がたちます。
立派なプリセプターとして4月からデビューする予定です。
ついに永遠の新人からの脱却です!!
貫録ついたかな?
「後輩よ ついてこい えっへん」
ドルジェタクというファンキーなお坊さんがおりまして。2010/01/12
お正月もお構いなしで仕事だった私。
昨日ようやく行ってまいりました、初詣。
ついでに上野でチベット展にも寄り道。
いいなあ、ポタラ宮。
シーズン中だけホテルとかに開放してくれないかなあ。
兵站異状あり2009/12/29
気付けば午後3時。ご飯に行ってきます。
昨日は行くのが遅すぎて、食事が用意されてなかった…。
今日はカレーだ。なくなってないといいけど。
これが若さか2009/10/22
最近病院は実習生の女の子たちでごった返しています。
彼女たちを見つめるとき、ああ、何故私は遠い目をしてしまうのでしょう。
こんなにも懐かしいのは、今はもう失くしたからでしょうか。
秋が深まります。
マイナーチェンジ2009/10/10
髪の色を変えてみたりな今日この頃なのです。
大人っぽくなったはずなのですが。
某事務の人は気にいっているらしい。
ナースステーションでシエスタを2009/10/10
スペインの労働生産性は日本より高いそうです。
休憩って大事ですよね。
すごくすごく大事ですよね。
4、辣腕ナース おちよさん 初秋編2009/10/10
今日のちょっとした一幕。
明日退院する生活保護の患者さん。
生活保護といえど、入院中の日用品など、自己負担がゼロではありません。
手持ちで払えるのか心配な様子。
事務の会計担当に確認。
1万円ほど足りないみたいです。
幸いキャッシュカードを持っていたので、職員同伴で隣のコンビニのATMでお金をおろしてもらうことにしました。めでたしめでたし。
今日の教訓
いい生保は、お金を払う生保だけだ。
3、どっとはらい2009/10/10
職を失った私は、インターネットでお仕事を探すことにしました。
すると、丁度自宅近くに新しい病院が出来る予定が。
急性期の精神科単科の病院だそうです。
実は看護学校時代から精神科に興味はあったのですが、新卒でいきなり精神科勤務というのはあまりいないらしく、諦めてしまっていました。
これは天啓かもしれない。
身体科は自分には合ってないんじゃないかと思っていたし、新しい病院ならみんな同じスタートラインで働けるはず。この病院なら頑張れるかもしれない。
そう思った私は、早速履歴書の準備を始めるのでした。
早いもので、あれから2年ほどになります。
前の病院はすぐに辞めてしまった私ですが、ここではなんとか続けられています。
要因はいくつかあると思うのですが、まず、業務の棲み分けがきっちりされている独特の勤務体系が挙げられると思います。苦手なことを無理矢理やらされることがないし、得意なことを好きなだけ伸ばすことが出来る。
そして、スタッフが比較的若く、仲間意識を強く持てること。女性も多いし。
なにより、急性期の精神科らしからぬカラッと明るい雰囲気が、私が仕事を続けられる一番の理由かもしれません。
なんとかハッピーエンドっぽい感じになったでしょうか。
つまらないお話でしたが、少しでもうちの病院に興味を持っていただけたとしたなら、それだけで私は幸せです。長々とお付き合い頂いてありがとうございました。
次は病院のナースステーションでお会いできるといいですね。
2、夢と現実と2009/10/10
さて、看護学校を無事卒業して、とある総合病院に勤務することになった私ですが、入社式を終えて早々熱発してダウンしてしまうのでした。挙句の果てにインフルエンザと誤診される始末。実際はただの肺炎だったのですが。って、おかしいですよね、肺炎の方がよっぽどキツいのに。
細木数子さんとかいう占いが得意なおばさんがいるのですが、彼女が編み出した六星占術によると、どうもその年の私は健弱とかいう巡り合わせだったらしく、即ち小殺界というあまり良くない運気にあったわけで、あとから考えると思い当たる節は沢山あった気はする。ただ当時の私はベッドでウンウン唸っているしかなかったのです。
結局2週間ほど病に伏せっていた私は、研修の大半に出席出来ず、右も左も分からないまま現場に配属されたのですが、全くの新人というのは実は少数派で、周りは余所で経験を積んだ準看ばかり。研修にすら乗り遅れた私は職場の重苦しい雰囲気(実際はそうでもなかったのでしょうけど、当時の私にはそうとしか思えなかった)に耐え切れず、同期の新人の子と徒党を組んでスパッと辞めてしまったのでした。
困りました。全然話が明るくならない。
ただ、ここでいよいようちの病院が登場するので、少しはマシになるはず…です。
1、或る独白2009/10/10
なぜ看護師になろうと思ったの?と問われるといつも、名状しがたい感情に襲われます。
それは怒りなのか、苛立ちなのか、諦めなのか、自分でもよく分からない。
ただひとつ確実に言えることがあるとすれば、
時は不況の真っただ中、資格のない女は働く場がないご時世だったのだ、ということです。
救いがあるとするならば(それが救いなのかどうかは考えないことにして)、私の世代だけが被害を蒙ったのではなく、就職難の状況は今も全く変わらず、むしろ悪化してさえいるということでしょうか。
ああ、出だしからなんて暗い文章なんだろうと自分でも思いますが、なんとか、めでたしめでたしに持っていく予定なので、もう少しだけお付き合いください。
とはいっても、ごめんなさい、もう少し暗い話が続くのですけど。



