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職員の声
| 名前: | ジュン |
|---|---|
| 職種: | 看護師・准看護士 |
| 部署: | 精神科急性期治療(ER,ICU)病棟 |
新しい仲間2010/12/15
先日、ERに新しい仲間が増えた。
もともと精神科に興味があったらしい・・・まだまだ偏見の多い科。まして精神科単科、それも急性期。
そこに飛び込んできてくれたのは、心強いことだと思う。
最初は戸惑うこともあるだろうけど、ひとつの病気として、ひとりの人として患者さんと向き合って
もらえれば、自分も人として成長できる-そんなところだと思っている。
複雑な心境2010/09/29
今日も多くの患者さんが退院していく。
中にはERで1ヶ月近くを過ごした人もいて、一般病棟に移ってからもすれ違えば話をしたり。何かと
気にはかけていた。
退院後は外来通院でフォローしていく。
寂しいと思いつつ、もう戻ってきませんようにと強く願う。何とも複雑な心境。
患者さんとの再会2010/08/12
とある患者さんと、病院ロビーで再会した。
ERに運ばれてきたときは、ナース3人がかりで何とか抑制した人だ。
その後、1週間ほどで症状は落ち着き大部屋に移動した。
退院後は外来に通っているという話もプライマリーナースから聞いていたし、
話をしたら、きちんと通院できているようで安心した。そして、彼は最後にこう言った。
「あのときはお世話になりました。実は今、社会復帰に向けてアルバイトをしてるんです。
フルじゃないんだけど・・・」と、照れたように言った。
「良かったね。本当に良かった。」私は気の利いた一言も言えなかった。
本当に嬉しいとき、人間は案外こんなものなのかもしれない。
ひと息2010/06/03
ふとしたきっかけで、不穏になり暴れてしまう人、自分自身を傷付けてしまう人。
退院しても、また救急車に乗ってやってくる人。
精神科救急の最前線に身を置き、いろいろな人を見てきた。
それでも日々、刺激的なことに変わりはない。
ただ、こんな穏やかな日もある。
患者さんの洗い髪を乾かしてあげる。その患者さんが「気持ちい」とそっと呟き、安心したように微笑む。
思わず、こちらも笑顔になってしまう。こんな瞬間が増えていけばいいと、切に願う。
次の瞬間には泣き出してしまうかもしれない。そうしたら、また支えてあげればいい。
ER病棟は、そんなところだ。
ERの日常2010/03/06
年度末になりまして、職員の入れ替わりもあると思います。
出て行く人と入る人。
職員もいろいろありますが、ERは毎日出て行く人と入る人の連続です。
しかも激しい人たちばかりです。
年度が変わるよりも刺激的な日常です。
落ち着く部屋2010/01/12
ある患者さんは大部屋で不穏になってしまい、ERに運ばれてきました。
ある患者さんは、退院当日に不穏になり、ERに運ばれてきました。
それでも皆さん2,3日すると元気になって大部屋へ出ていました。
保護室は何日もいるお部屋ではありません。
急性期症状を安全かつ迅速に治療するために作られた空間なんです。
まさにERです。
急性期治療2009/11/05
今日は急に不穏になって暴れだしてしまった患者さんがいました。
ベッドに拘束する時、その患者さんはとても興奮していましたが、同時に身体に物すごい力が入っていて、すごい汗をかいていました。
あの状態が続くと、衰弱してしまうこともあるんです。
強めの薬や電気治療で一気に症状を取り去ることというのは一見危ないようで、患者さんの身体をまもる結果につながっています。
救急の現場2009/10/22
救急車で運ばれてきて、入院適応の患者さんはERに入ることが多いです。
ERは牢屋のところといったイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実は患者さんにとってとても安全な場所です。
どんなに叫んでも、暴れても、怪我しないような構造になっているのです。
拘束することも良くありますが、「患者さんの安全確保」が目的なんですよ。
6.ER個室回転2009/10/10
毎日ERは入れ替わりがたくさんいます。
平均1週間でここを出て、ICUエリアに出たり、大部屋にいったり。
大部屋とERを何度も往復する人もたくさんいます。
いろんな人が入れ替わり立ち替わり入院して移動していますが、みんな大体同じと所は、「入る時険しい顔」が「出るときにはずいぶん楽そう」であることです。
出る時の庫の顔を見ると、入るときにどんなに抵抗してもこの仕事の意味は十分にあるなと実感できます。
5.救急受け入れ2009/10/10
一昨日、ERに入院が1日で3件ありました。
もちろん一人で歩いてきた人はまずいないので、救急と民間移送会社の送迎付きでした。
1日でERがいっぱいになってしまいましたが、落ち着いた患者さんもいたのですぐに部屋はあくのです。
ER職員の額にあせが光ります。腰が・・・
4.エーイーディー2009/10/10
ERを担当する職員の役割は何か?
普段は保護室にいる患者さんのケアを中心に行いますが
それだけが役割ではありません。
「あらゆる緊急事態に対応すること!!」が役割です。
病院では予測不能なことが多発します。
まさに緊急事態発生!!
あんなことやこんなことが起こるんじゃないか?と「悪いことを予測してそれに備える」という役目です。緊急事態をなるべく少なくするべくありとあらゆる場面を想定して準備をしておく必要があるのである。
備えあれば憂いなし!!が大事です。
3、最前線にて2009/10/10
働くうちに、急性期病棟でずっと働きたいなと考え、足立区にこの病院ができることを知った。ゆくゆくはスーパー救急という、救急医療の第一線の病院になるつもりらしい。
ここで働けたら面白いだろうと思い、応募した。
面接の際「急性期の患者さんがみたいんです」と言ったら、ERと呼ばれる、保護室ばかりの病棟で働くこととなった。
そこからいままで、入っては出てを繰り返す患者さんや、すっかり良くなって社会復帰している患者さんなど、その一番激しい入り口で汗を流す日々が続いている。
勤務して2年で主任になった。
「あなたがんばっているし、何より楽しそう。これから入社する新人の子にもいろいろ教えてあげてね。期待しているから。」
本当はとても偉いのにいつも気さくに病棟に訪ねてくる役員が辞令の話をしたときに言った。
確かにがんばってはいたが。こんなにちゃんと評価をもらえるとは正直思っていなかった。5年は平だと思っていたのに。
仕事の評価もうれしかったが、自分がこの職場で楽しいと思っていることが、話さなくても伝わっていたことが結構うれしかった。
やさしい笑顔で話すその役員をみて、母の入院していた病院の看護師を思い出した。
自分も誰かから同じように思われていて、同じように看護師目指す人が増えたら、もっと病院がにぎわうだろう。
2、看護師さん2009/10/10
「忙しそうなのに、なんだか楽しそう」
看護師を目指すきっかけはそんな印象からだった。
母は乳癌だった。父は肝臓の疾患があった。
母の闘病生活の間、病院にいることが多かった。その時、がんの手術や、手術後の処置 、患者さんの痛み止めなど、せわしく走り回りながらも、笑顔で働く看護師の姿は、子供ながらに楽しそうだったし、綺麗だった。
母は中2の時に亡くなり、父が立て続けに亡くなった。
叔母の家に引き取られ、以降は東京で過ごした。
高校の時、衛生看護科のある高校を受けたが衛生看護科に受からず、普通科に入学した。
どうしようか考えているうち、先輩で同じような境遇で普通科を卒業した人が、病院で 看護補助として働きながら、看護学校に通っているという話を聞き、自分もこれだと思い、同じ道を進んだ。
看護師の免許を取った後は、数年その病院で勤めたが、数年してとある精神科の病院に移った。
そこは精神科としてはそこそこ有名なところで、救急外来、急性期病棟、一般病棟男性 、一般病棟女性、一般病棟男性、など一通りの病棟がそろっていた。看護師として入社すると、そこを一定の期間でローテーションする。
精神科はもともと興味があったが、特に急性期病棟は面白かった。
急性期の症状はそんなに長く続くものではなく、適切な治療を行うと、早い人では1週間ほどで大部屋に移ることができる。しかし、早く大部屋へ出て、退院しても、また救急車に乗ってやってくる人が後を絶たない。不思議に思いながらも、病気の1面しか見ていないが、人間って面白いなと感じていた。
退院してはすぐに戻ってくる患者をみるうち、患者さんの面倒を見るのが楽しくなった 。
いわゆる転移とは少し違う感情で、よく言う「奉仕の心」よりはもう少し親しみやすいような感情だったと思う。
1、とある日常風景2009/10/10
この病院では救急車が多い日では5件以上来る。
精神科の救急医療を公言しているこの病院には、毎日多くの患者さんが救急車、パトカーなどで来院する。
「救急があと10分で来ます!B部屋の準備お願いします」
「以前入院暦のあるQさんです。3度目でしょうか?」
「またですか。薬ちゃんと飲んでいなかったんだね。」1分を争う中ベッドに抑制帯をセ ットし、保護室の準備を整える。
「救急きます。」みなのアドレナリンが一気に出て、動きがすばやく無駄の無いものに変わる。
救急者から降りた患者はおとなしくなっていて、救急隊のストレッチャーのうえでぐったりしていた。
「ごめんなさい。またきちゃった。」苦笑いとも泣き笑いともつかないなんともいえない笑いを無理に作り、Qさんは言った。
「また入院してよくなればいいじゃん。」患者に優しく語り掛ける。
「うん。ご迷惑おかけします。」以外にはっきりとした声で患者が返した。



